

酒に“杯”は付きものだ。その歴史は古く、古事記には、八千矛神(やちほこのかみ)の后の須勢理毘売命(すせりひめ)が、大御酒杯(おおみさかずき)を取り、「八千矛の
神の命や 吾が大国主 汝こそは 男にいませば…(あなたこそ私の大国主命です。あなたのほかに夫はいません)」と歌ったと書いてある。神聖な酒に誓って、私の貞淑を約束します、と言ったところか。当時の杯というのは、土をこねて焼いた質素な“かわらけ”で、それほどガブガブと酒が飲めるものではなかった。今でも、比叡山の山頂などで、小さな土器を麓に向かって飛ばす“かわらけ投げ”なる遊びに挑戦することができる。
杯がバラエティを増やしていくのは鎌倉時代に入ってからのことらしい。結婚式などで、とても一人で持てそうにない大きな杯が振舞われることがあるが、これも中世になって発明(?)されたものだ。昔の酒はアルコール度数が低くて、いくら飲んでもそんなに酔っ払わなかった。今、そんな大きな杯で一気飲みしたら、とんでもないことになってしまうだろう。信長公記には、織田信長が宿敵の浅井長政と朝倉義景を滅ぼしたあと、長政と義景のしゃれこうべに金箔を張り、杯代わりに使ったと言っている。カルシウムがたっぷりしみ込んだ、まさに骨酒というやつだ。
江戸時代になると、天狗やひょっとこの面に酒を注いで飲むという遊びが流行った。天狗の面は鼻が高いから下に置けない。こういう杯を“可杯(べくはい)”と呼ぶ。漢文では、可飲酒、可通行などのように、“可”という字は上に付けるのが決まりとなっている。下に付けない(置けない)から、可杯だと言うのだが、なるほどコピーライター顔負けの江戸流ネーミング、一ついただきました!
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