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ほろ酔いコラム

酒が飲めない人を、なぜ“下戸”と言う?

 お酒があまり得意でない人のことを“下戸”という。「私は下戸なので、これ以上飲めません…」などと酌を断る人がいるが、そういう輩はたいてい大酒呑み。「まあまあ、そう言わずに」なんてうっかりお酒を勧めると、とことん付き合わされることになる。
 そもそも、なぜ、酒のたくさん飲める人を“上戸”、その反対を“下戸”と呼ぶのか。『群書類要』という資料によると、奈良時代の律令制では、各世帯の家族構成や納税額等によって、大戸・上戸・中戸・下戸という身分があった。下戸はもちろん最下級で、婚礼などの時には「2瓶しか酒を飲んではならない」と定められていたという(上戸は8瓶まで飲めた)。つまり、酒を飲みたくても、飲めない人のことを下戸と言ったのだ。
 これには異論もあって、江戸時代の辞書『邇言便蒙抄(じげんべんもうしょう)』によると、その昔、咸陽(古代中国の首都)を守る城壁は天を突くほど高く、空を舞い飛ぶ鳥も壁にさえぎられて城内に入れない。門番は日がな一日、門のてっぺんで見張りをするのだが、何しろ鳥も通うほどの高さなのだから、寒くてかなわない。そこで、酒を取り出してはチビリチビリとやって身体を温める。酒が飲めない者も、咸陽の門番を命ぜられると知らない間に酒飲みになった。咸陽の高い門を“上戸”と言う。だから、酒飲みを上戸と呼ぶんだ、と江戸時代の学者サンは言っているが、どうも眉唾なんですね、これは。



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