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普段何気なく通過しているまちや、かつて中心地として賑わったと言われているまちなかをじっくり見渡してみませんか?
きっとそこでは、観光地として注目されているわけではないけれど、そのまちの記憶を引き継ぐ古い建物や、歴史の重みを感じさせるまちなみに出会えることでしょう。
そこで今回は、地域に残る歴史的なまちなみを継承するため、町家を活かすいくつかの試みについてシリーズで取材を行ってきました。 |
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| ここでは、町家とまちなみ再生の事例として、前回の今井町で開催された「町家を活かしたまちづくりフォーラム」に引き続き、歴史的なまちなみ保存地区で開催された2つのイベントをご紹介しましょう。 |
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◇今井町並み散歩 −今井の商いと茶文化 もてなしの心−
2009年5月17日に開催された「今井町並み散歩」は第14回目を迎え、あいにくの雨天ではありましたが、時代行列の参加者も多く、町家で開催されたイベントの多くは観客が入りきれないほどの大にぎわいでした。
平成22年は今井ゆかりの茶人・今井宗久の生誕490年にあたるそうで、今年の町並み散策イベントはそのプレイベントの意味も兼ねているらしく、地区の寺では記念法要も行われていました。
ご参考までに、今井町と茶人・今井宗久との関係についてご紹介しておきましょう。
今井(津田)宗久とは大和国今井町の出身で、安土桃山時代の堺の商人として知られています。宗久は織田信長に重用され、さまざまな特権を得つつ信長の天下統一を支え、茶人としても千利休、津田宗及とともに信長の茶頭を務めました。信長の死後には羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)にも仕え、茶頭として1587年に秀吉が主催した聚楽第落成の交歓茶事北野大茶会にも協力をしたとのことです。
宗久と今井町の歴史をふりかえると、本願寺と織田信長の間に合戦が勃発してからは、今井も石山本願寺や堺にならって商人や浪人を集め、今井兵部を中心に武装宗教都市と化していくことになります。やがて大和が信長によって平定されると、今井は宗久や明智光秀などの仲介で信長に降り、町は武装解除されますが、商業都市として存続できることになり、現在もその広大な領域に戦国時代、江戸時代からのまちなみと道路をそのまま残すことができたそうです。こうして今井町が商業都市として発展するにつれ、文化面も華やかな時代を迎え、茶道・華道・能楽・和歌・俳句などに優れた者を輩出し、町衆の財力が豊かな文化の気運を作り上げていったのだということです。
今回のイベントでは、そんな栄華の時代を彷彿とさせるような多彩な内容で展開されていました。
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今井六斎市(室町・江戸時代に毎月6回定期的に開かれた市を現代にアレンジしたもの) |
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茶行列(今井町ゆかりの今井宗久とお茶をテーマにその時代の衣装に扮して町をねり歩く行列) |
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名工の館 大和の茶道具師(釜屋、蒔絵師、染色等茶道具師6人の作品展) |
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大和の匠の技術展示(寧楽友禅、奈良筆実演) |
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呈茶席や大和今井の茶粥のふるまい(町家のかまどで炊く茶粥) |
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重要文化財及び伝統的建造物の内部公開 |
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箏のしらべ、童謡唱歌を歌う会、箏・尺八の演奏 |
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地車の展示と子供太鼓 〈9:00〜16:00〉 |
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大和茶紹介 |
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にない茶屋(天秤棒を担ぎつつ茶碗一つの商いで、お茶の出前) |
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観光ガイドウォーク、スタンプウォーク・クイズラリー |
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語りの書展、まちかどギャラリー |
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ふとん仕立て実演 |
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今井の商い展 |
地元の老舗、まちの繁栄の記憶を残す名家、新たなまちの名物づくりをめざす人々、今井や歴史ファンの人々、それぞれが力を合わせてわがまちを盛り上げようとする姿がしっとりしたまちなみに栄え、各所で美味しいお茶をいただきながら、日の暮れるまで散策を楽しんだ1日でありました。 |
◇五条かげろう座2009
2009年5月24日には、五条市新町通りで開催された「かげろう座2009」を訪ねました。
五條市の古いまちなみは、主に通称「新町通り」と呼ばれる旧紀州街道沿いにあります。1975年の文化財に関する調査では、江戸時代の建物が77棟、明治時代の建物が19棟確認され、建築年代の判っているものでは、日本最古の民家といわれる町家もあり、今井町とともに見所の豊富な地区です。
また、新町通りの南側には、雄大な景観を楽しむことのできる吉野川(紀ノ川)が流れ、河川敷には、子供たちのための自然体験の場として「水辺の楽校」ができました。
まちなかでは、まちなみ保存を考える市民活動団体「新町塾」が、通りの活性化とまちなみの魅力をアピールするため、民家の軒下を活用して、毎年自由市場(いわゆるフリーマーケット)を開催しており、これが「かげろう座」といわれるものです。
「かげろう座」の名称の由来は、五條市の吉野川近辺にしか生息しない蜻蛉(かげろう)と、歴史的な自由市場である楽市楽座の「座」をもじって名付けられたとのこと。感動・興味・工夫・経験・行動という「か・き・く・け・こ」を基本理念に展開されているのだとか。そんな「かげろう座」も、平成5年の開催から今年で17回目を迎えるのだそうです。
新町通りでは、かつて宿場町として栄えた当時のにぎわいを再現するため、電柱やフェンスを町並みにあうように色を塗り替えたり、街灯のデザインにもこだわり、各所に休憩のための広場などが設けられています。
この時期は、いくつもの鯉のぼりが吉野川河川敷上空を飾り、あたかも雄大な流れの中を心地よさそうに泳いでいるかのように揺れている風景が印象に残りました。
「かげろう座」では、400店を超える県内外から手作り品を中心とした、木工品・ガラス細工・手芸品・やリサイクル品や軽食の店が並び、琴の演奏・人力車・バンド演奏や名物の柿の葉すしの実演等が行われ、この日は空き地もイベントステージに姿を変え、5万人を超える来場者で大いににぎわっていました。
町家の軒下では七味唐辛子や飴細工の実演販売とともにエスニック雑貨店やカフェが並び、また通りの辻ではジャズバンドの演奏がにぎやかに演奏されている合間に、どこかの町家のなかで爪弾かれているらしき琴の音も漂ってくる…という古い物と新しい物の不思議な融合を楽しむことができました。
眩しいくらいの陽光と初夏の風を感じながら、あたかも陽炎(かげろう)のように出現した市に出会い、かつての商都の面影を偲ぶことのできた素晴らしい一日でした。
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