西大阪線あこがれぷらっとホーム楽会 街と街、人と人、関西の未来にもつながる西大阪線
 
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「特集テーマ」では、沿線のまちの意外なつながりにまつわるお話を中心に、連載コラム形式でご紹介していきます。
沿線のまちで発見した酒に合うグルメや酒を楽しむスポット情報など盛りだくさんに取り上げてみたいと思います。

特集テーマ番外編: 阪神なんば線工事現場を行く!<その1>

6月某日、阪神電気鉄道鰍ィよび西大阪高速鉄道鰍フご厚意により、工事見学会を開催していただきました。今回は、その様子をお伝えしましょう。

   



便利なネットワークに向け 期待が高まる西大阪延伸線

 阪神電鉄のネットワークを西九条駅から難波まで延伸する計画は1948年頃から進められ、その後紆余曲折を経てようやく2003年(平成15年)10月より延伸工事に着手されているわけです。
 そこで、そのような大規模工事がどのようなものか興味津々で、「西大阪線延伸の工事現場を見せてください」とお願いしたところ、今回の見学会を準備していただきました。
 まずは阪神西九条駅に集合し、ヘルメット、説明アナウンスのレシーバー、軍手を身につけ、カメラ片手に出発しました。
 既に西九条駅周辺にもおよそ4階建てのビルの高さに匹敵する大きな橋脚がいくつも立ち上がり、その足元を辿るように安治川をめざしました。



 地元が誇る安治川トンネルの真横には、川幅約70mの区間をまたぐ安治川橋梁が今年3月4日に架設されています。
 安治川橋梁は重さ500トンを超える大きなアーチ状の鉄橋で、はやくも地域の新たなランドマークになっているようです。これを架設するにあたっては、住宅や工場が密集するなか、通常のクレーンを使用した工事ができないという事情があって、別の場所であらかじめ製作したアーチを船上で組み立てて、大阪湾の引き潮を利用して船を下ろす「ポンツーン工法」を使って敷設されたということです。
 ここから工事用足場を伝って地上約10mを超える橋梁に登り、安治川をわたります。電車で橋梁を渡る分には何の恐怖心もありませんが、高所恐怖症の身にとって工事途中の橋梁を歩いて渡るのはとても恐ろしく、はるか彼方に見える弁天埠頭など周囲の景色を見渡すほどの余裕もありませんでした。這々の体で対岸の九条側に降り立つと、こちら側からの地元の人々が安治川トンネルを利用している様子が見受けられました。

 さらに、ここから九条のまちなかを通る高架工事の足元を辿って進み、商店街のアーケードのすぐ横に立つ橋脚に驚きながら進みます。まさに既存のまちなかに忽然と立ち上がる橋脚は、まちの訪問者にとっては「車窓から面白そうなお店が見つかるかも...」という期待も抱かせてくれそうですが、地元の人としては地域を分断してしまうことや騒音の発生に危惧されているようで、あちこちで「もぐれ阪神(地下化せよという意味でしょう)」という横断幕を見かけました。
 一方で、西大阪延伸線は現在の計画でも国内の都市鉄道では最も勾配が大きい路線だそうで、安治川を越えてすぐに地下にもぐるための勾配を想像すると、「ジェットコースター並みになってしまうのではないか?」という素人考えも持たれるわけです。
 確かに高架によってまちなかが二分されるであろうことは事実ですが、高架下の活用方法によっては、地域ににぎわいを生んだり、ちょっとした憩いのスペースや地元の人々の生活を別の方向で便利にすることも可能かもしれませんね。
 延伸線の高架部分は九条のまちなかあたりまでで、中央大通手前からは地下にもぐっていきます。

次回に続きます >>




沿線の豆知識

舟運華やかなりし頃の安治川

   市電や鉄道が建設される前の大阪のまちでは、川を活用した舟運に頼っていました。1585年に豊臣秀吉が大阪城を築き、市内の川が開削され、川や運河を浸かった水上交通網が整備され、「水の都・大坂」が「天下の台所」と呼ばれるほどに発展していきます。
 やがて江戸時代に入ると、幕府は農産物の増収を図るため新田開発を大いに奨励し、西大阪の大和川、木津川、安治川などの河口デルタ地帯で大規模な土地造成がなされました。
 さらに幕府は治水対策としても淀川・大和川を中心とした大治水事業を河村瑞賢の指揮の下に実施し、中でも一番力を入れたのが淀川下流の水はけをよくする安治川の開削であったといわれています。
安治川は九条島を開削して造った新しい水路で、工事開始からわずか20日で完成したと言われています。
 この安治川開削工事の様子が面白く、大阪市立大学の角野昇八教授の論文「歴史と感性を考慮した河川整備のあり方についての調査研究」では、人足が太鼓の音に足並みを揃えながら作業を行う「御救浚(おすくいざらえ)」と呼ばれるスタイルで工事が進められ、周囲の人々が弁当を持ってこれを見物しにくるほど大きな行事になっていたそうです。

 同じ報告書では、かつての川を利用するにあたっての掟が紹介されているのですが、「川に七夕短冊を捨てるべからず」「遊山船に泥をかけたり乗客をからかうなどのいたずらをするべからず」といった決まりが設けられたそうです。
 また古い屏風図では、安治川で泳ぐ人の姿や岸に沿ってしだれ柳がたなびく様子などもうかがわれ、かつての人々が川を身近なものとして親しみ、舟を浮かべて飲み食いを楽しみながら涼んでいたライフスタイルがよくわかるものとなっています。
 ぜひ西大阪延伸線が開通して、安治川を越える時には、そんな川が主役だったまちの姿にも想いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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